特集: 極東ロシアの小さな村

第8回 暗闇のタイガ

クラスニヤール村からビキン川を5時間ボートで遡った ウリマ基地でのエクスカーション。 河畔にある基地にいると朝日が昇る前から、 深夜までそこがタイガの奥地とは思えないほど頻繁に川を走る モーターボートのエンジン音が聞こえますし。 時折、ウリマ基地に向けて何やら合図のような奇声を上げて通りすぎる ボートもあります。



ウリマ基地での一晩目の朝が明けると、釣り好きのリョーハが 昨晩仕留めた大きな獲物を自慢げに披露してくれました。

あの!真っ暗な夜のビキン川で釣りをするなんて自殺行為ではないの? と思いながらも実は釣りが大好きな私の好奇心がウズウズと 夜のタイガに向かっていたのを自白します。

ビキン川でウデヘ族のカヌーに乗り、猟師の話を聞いて過ごした一日が終わるころ、 ガイドを務めた猟師たちはそこからがプライベートのお楽しみタイムで、 また夜釣りに向けてソワソワと準備を始めます。

私は空かさず、同行した猟師のリーダーに、 「猟師たちはどうして夜のビキンを行き来しても大丈夫なの?危なくないの?」と聞いてみました。

答えは…「なんでそんなことを聞くんだい?マリコは夜のビキンに行ってみたいの?」 私は即答で「もちろん行ってみたいです!!!」と答えました。私の作戦成功です!

リーダーは「連れて行ってあげるけれど、やはり夜の川は地元の漁師でも細心の注意を 払っていることをわかってね。」と説明を付け加えました。

日々命と向き合うタイガの猟師らしい責任感と楽しませてあげたいという優しさに溢れた言葉に、 より一層彼らへの信頼感を覚えるのです。



もちろんツアーにはこんなオプションはついていませんから、ガイドの野口さんも困惑したでしょうけれど、 一生に一度あるかないかの開高健のようなアドベンチャーを逃すわけにはいきません。 

ツアーのほかの参加者があきれる中、もう一人の好奇心女子Yちゃんと責任を取るべく同行する ガイド野口さんとともに猟師のボートに乗船しました。

タイガのドキュメンタリー映画を撮るためにクラスニヤール村に長く滞在した撮影クルーでさえ 夜のビキン川にチャレンジしたことはないそうで、たぶん日本人初の夜のビキン川ツアーの決行です。

実写版ジャングルクルーズさながらの夜のビキン。明かりは帆先に乗った猟師が持つ小さな懐中電灯ひとつで、 昼間と変わりなくさまざまな流れを見事にクリアしていきます。

時折流れがゆるやかな浅瀬ではモーターを止めて川底を木の棒で押しながら進みます。 ひっそりと静まり返ったタイガ。空には満点の星、きらきらと光る水面は月並みな私の言葉では表しきれない情景でした。

私が生きる現実の東京とは似ても似つかない状況の中にいて全てが当たり前で、感嘆や驚愕とはまた程遠い静寂で温かい美しさ。 よくよく考えてみれば、いつ何が起きてもおかしくないような状況に置かれているにもかかわらず、 真っ暗闇の中、恐れや不安が一切ない世界は、よく言う母親の子宮の中にいる安心感とでも言うものでしょうか?とても不思議な体験でした。

夜釣りは川の中州に立ち寄り、上陸しては猟師お手製のルアー(この時は10センチもありそうなネズミの形をしたルアー)を何回か投げ、 当たりがないと次の中州へ移動します。 だんだんと目が慣れて暗闇でもうっすらと景色は見えますが、足元も悪くて思うように身動きが取れません。 猟師たちはお構いなしにドンドンと自分の狙ったポイントに釣竿を投げに向かいますが、到底ついていけなくて私たちは船の近くで待機。

猟師のリョーハの姿が見えなくなったな? と思っていたら突然!暗闇の中からゴキゲンな歌声が聞こえてきます。 しばらくすると60センチほどもある大物のレノック(コクチマス)を掲げたリョーハが嬉しそうに帰還する姿が見えました。



釣り針を外したレノックを同行したウデヘ族の女の子ダーシャが船にあげると、何やら魚の背をなでながら魚に話しかけたり、 コップにくんだ水を魚の口もとにかけてあげたりしています。

ガイドの野口さんが彼女は魚が暴れないように「しずかに…しずかに…」と語りかけているのだよ、と教えてくれました。



森の命とともに生きるウデヘ族にはいくつもの伝説や物語があります。

魚に語り掛けるダーシャの姿はまるでその物語の一つの様で、私がタイガで体験した情景の中でも忘れられないものの一つです。

自然から離れて暮らす私たちが本当の自然の中に放たれたとき、山や川の雄大さや美しさにも勝って感動を覚えるのは、 その中で暮らす私たちと同じ人間なのではないでしょうか? 

彼らが私に教えてくれたり、語り掛けてくれることはとても多くて貴重です。逆に私が彼ら(ウデヘ族)に合って与えたり、 語ったりできることははたしてあるのだろうか?と考えることがあります。

どうかあの手つかずの自然とウデヘ族の素敵な感性がずっと変わらないでいてほしいと願うばかりです。



9月のツアーが終わって東京に戻り、私が最初にしたことは、このビキン川でのダーシャの姿を物語に書くことでした。 その物語もまたいつか皆さんに披露することができればいいなあと思っています。










【作者プロフィール】
相馬万里子
Hawaiian art and craft
mele mahina オーナー

Natural Solution 代表
デトックストレーナー

米国ISFN 日本ニュートリション協会認定
サプリメントアドバイザー