My Favorite Travels And Places
(私の好きな旅と場所)
5.ブーヴロン・アン・オージュ(Beuvron en Auge)

【はじめに】

今回は、バス・ノルマンディー(Basse Normandie)オージュ地方(Pays d’Auge)のブーヴロン・アン・オージュ(Beuvron en Auge)を訪ねます。

はじめにノルマンディーとオージュ地方についてふれ、足を運びたいと思います。

<ノルマンディーの地図>



【ノルマンディー( Normandie)】

ノルマンディーの名称は、9世紀に北欧ノルマン人(バイキング)のー首領であったロロン(Rollon 860-933年)がフランスに侵攻した後、カトリックに改宗しノルマンディー公の称号を得て、この地に住み平定したことに起源します。

フランスにやってきた彼らノルマン人は、自らの侵攻で破壊した教会や街や村を修復し、弓や剣を鍬や鎌に持ち替え大地を耕し、今日見られる実り豊かな緑のノルマンディーを培ってきました。

ノルマンディーと言えば、第二次世界大戦でドイツ軍に占領されたフランスを奪還する ため、連合軍がノルマンディー上陸大作戦を敢行した激戦の地で、その傷跡を各地に留め ています。

私達は、風光明媚な海岸線と穏やかな丘陵に刻まれた戦争の悲しみと、その歴史と記憶を忘れてはなりません。

ノルマンディーのコタンタン半島(Cotentin)先端に位置するシェルブール(Cherbourg)は、1964年のカンヌ国際映画祭(Festival Interntional du Film de Cannes)でパルムドール(Palme d’Or)を受賞した、ジャック・ドウミ(Jacques Domy)監督、カトリーヌ・ドヌーブ(Catherine Deneove)主演の「シェルブールの雨傘」(Parapluies de Cherbourg)の映画と、ミシェル・ルグラン(Michel Legrand)の旋律とともに、忘れることのできない名画の舞台です。

ノルマンディーは、西のバス・ノルマンディーと東のオート・ノルマンディーの二つの地域圏に区分されますが、今回訪ねるオージュ地方とブーヴロン・アン・オージュは、 バス・ノルマンディー地域圏のカルヴァドス県(Calvados)カンブレメール(Cambremer)に属しています。


【オージュ地方(Pays d’Auge)】

オージュ地方は、イギリス海峡(ラ・マンシュ海峡:La Manche)に面するオンフルール(Honfleur)やドービル(Deauville)などのリゾート地が続く海岸線から内陸に入った地域に位置し、林檎畑と牧場が続く丘陵地に、茅葺や石張りの屋根のコロンバージュ(Colombage)と呼ばれる木組み構造の美しい家並みの村々が点在する、牧歌的な風景が広がっている地域です。

<バス・ノルマンディーの丘陵地>


このオージュ地方の丘陵地に、シードル街道(Raute de Cidre)とチーズ街道(Raute de Fromage)と呼ばれる観光街道が巡っています。

シードル街道は、林檎畑に点在する林檎農家とシードル(Cidre)、カルバドス(Calvados)、ポモー(Pommeau)などの林檎酒の醸造所を結んでいる街道です。

また、チーズ街道は、乳牛が放牧される丘陵地に点在する酪農家とリヴァロ(Liverot)、カマンベール(Camembert)などのチーズの生産地を結んでいる街道です。

これらの街道は、長閑で悠々と時が流れるバス・ノルマンディーの田舎の風景を満喫させてくれる街道でもあります。

< シードル街道(Raute de Cidre)の道標>

<バス・ノルマンディーの林檎畑 >


【ブーヴロン・アン・オージュ(Beuvron en Auge)】

ブーヴロン・アン・オージュは、リジュー(Lisieux)とカン(Caen)を結ぶ国道13号から地域道49号のシードル街道に沿って少し南に走った所に位置しています。

人口約200人のおとぎの国のような村で、「フランスの最も美しい村」(Les Plus Beaux Villages de France)にも登録される15世紀から17世紀に築かれた美しい家並みを とどめる静かな村です。

フランスの最も美しい村公式サイト(Les Plus Beaux Villages de France)
http://www.les-plus-beaux-villages-de-france.org/

ブーヴロン・アン・オージュを日本語にしますと、オージュ地方のビーバー村と訳される そうで、なんとも可愛い名前の村と言えます。

馬蹄形をした道路の両側には、何百年もの風雪に耐えたコロンバージュの木組み構造の美しい家々が軒を連ねています。

<ブーヴロン・アン・オージュの屋並み>


今回ブーヴロン・アン・オージュを訪ね、この村で三つの魅力を実感しました。

一つ目は、人の手と心で作られる温もりが、村づくりにも物づくりにも生きていることです。

産業革命以降の工業化による効率的で均質かつ大量に素早い物の生産には程遠い、手づくりの味わいをとどめる村です。

便利で快適と言われる、現在の私たちの生活に潜在する様々なテクノストレスから解放される、歴史の中に流れる時間とスケールとクオリティーを実感させてくれる村です。

二つ目は、この地の特産品である林檎酒やチーズの世界ブランドとしての品質を維持する制度です。

フランスには、AOC(Appellation d’Origine Controlee=原産地呼称統制)と言われる食品に対する制度が1935年に制定され、国立原産地名称研究所(INAO)が厳格な監理をおこなっています。

この制度は、生産地、生産者の保護を目的としていますが、消費者に安全で確かな食品を 提供することにもつながっています。

原材料の産地、品種、栽培方法(飼育方法)、製造方法、伝統的生産工程などの厳しい規定により、生産地や生産者が特定され、品質が維持されています。

この村でいただく食事は、いながらにしてオージュ地方で作られた、世界ブランドの林檎酒やチーズを味わうことができる、至福のひと時と言えます。

< コロンバージュの屋並み)>


最後の魅力は、今日、村が観光で自立にいたる先見性と努力をあげることが出来ます。

かつて繁栄を極めた村も、1870年に敷設された鉄道が第二次世界大戦後に廃線となり、都市への人口流出とあわせ過疎化が加速し、家々の屋根は落ち漆喰の壁は崩れるといったありさまだったそうです。

1970年代の村長であったヴェルミュゲン村長(Vermughen)は、車による観光の到来を予見し、1975年 高速道路の建設で移築を余儀なくされていた隣接するブーズヴィル村(Beuzevill)のコロンバージュの建物を解体し、カルヴァドス県とオージュ保存協会の協力を得て、馬蹄形の村の広場から撤去されたホールの跡地に移築し、観光案内所とミシュラン(Michelin)の一星レストラン、ル・パヴェ・ドージュ(Le Pavé d’Auge)を誘致します。

<観光案内所からのブーヴロン・アン・オージュ>

< ミシュランの一星レストラン、ル・パヴェ・ドージュ>


花で埋め尽くされた村づくりを提唱したヴェルミュゲン村長の考えが継承され、今日わずか200人あまりのブーヴロン・アン・オージュには、花のたえない美しい家並みの景観と温かい村人のホスピタリティに、至福の食事を求め、フランスはもとより各国から観光客がたえることなく訪れて来ています。

17世紀の心温まる人の心と物づくりが伝わってくるブーヴロン・アン・オージュは、私の好きな場所でもあります。


【参考図書.他】

・「フランスの美しい村」 菊間潤吾監修 新潮社 2002年11月
・「La Normandie」 ノルマンディー観光局 2009年版
・"ブーヴロン村のおはなし”浜田達郎(フランス政府公認ガイド)


【作者プロフィール】
相馬正弘(そうままさひろ)
・京都市出身
・設計事務所を開設し、地域計画.都市計画.公園計画を中心に活動中
・大学の講師として後進の指導も
・趣味は、旅行.テニス

新連載「My Favorite Travels And Places(私の好きな旅と場所)は
ケータイ・サプリwebマガジンのための書き下ろしです。
使用されている写真の著作権は相馬正弘さんと記載されている方にあります。