My Favorite Travels And Places
(私の好きな旅と場所)

27.アラン諸島(Aran lslands)
その-2.アランセーター(Aran Sweater)


【はじめに】

アランセーターは、アラン諸島で編み目模様が浮き出すように編まれている美しいセーターです。

海に漁に出る夫や息子の無事を願って、母や妻が一目一目に思いを込めて編まれたセーターでもあります。

海が荒れ難にみまわれた漁師の着ていたセーターの編み目模様で、誰が着ていたものか誰によって編まれたものであるかが判ると言う話は、有名でよく知られています。

今回は、今も編み続けられているアランセーターについて、模様のモチーフと編み目の持つ意味について、次いで生まれてきたデザインの背景と歴史を紐解いてみたいと思います。

<Sarah Flahartyさんが編まれたアランセーター>




【模様のモチーフと編み目の持つ意味】

アランセーターの模様は、自然の情景と暮らしの中の心象をモチーフに、その編み目には人が生きてゆくことへの無事と幸せへの願いなどの思いの意味が込められています。

そして、220ほどの編み目模様があると言われています。

主な模様のモチーフと編み目の持つ意味をまとめますと次の通りです。

1. トレリス(Trellis:格子)

・アラン諸島やアイルランド西部.南部の一帯に見られる石垣の格子模様。
・命をまもる砦(石垣)としての意味を持っています。

2. ハニーコム(Honeycomb:蜂の巣)

・蜂の巣や魚網をひろげた正六角形などの多角形模様。
・勤勉や勤労を意味しています。
・漁師が出漁前に蜂の群れを見ると縁起が良いとされています。

3. バスケット(Basket:籠)

・植物の蔓などで編まれた籠の模様。
・豊漁と豊穣を意味しています。

4. ケーブル(Cable:綱)

・命を繋ぐ綱模様。
・無事と幸せをつなぐ意味を持っています。

5. ジグザグ(Zigzag:つづら折れ)

・海沿いの断崖を登るつづら折れの小道を表した模様
・稲妻模様。
・苦難の克服を意味しています。

6. ダブル.ジグザグ(Double Zigzag:二重のつづら折れ)

・苦楽を共にする夫婦や人と人との絆を象徴した模様。
・山有谷有の紆余曲折の人生を乗り越えて生きてゆく意味を持っています。

7. アイリッシュ.モス(Irish Moss:アイルランドに自生する海藻)

・アイルランドに自生する海藻カラギーナン(Carragheenan)をひろげた模様。    ・海への感謝を意味しています。

8. ツリー.オブ.ライフ(Tree of Life:生命の木)

・樹形が家系図にもみえることから家族の繁栄を表す模様とされています。
・不死身.不滅や長寿を意味しています。

9. リング(Ring:輪廻)

・人や友人との絆を象徴する模様とされています。
・永遠のつながりを意味しています。

10. トリニティー/ブラックベリー(Trinity:三位一体/Blackberry:西洋藪苺)

・カトリックの三位一体を象徴する模様とされています。
・実り多い人生への願いを意味しています。

11. ダイアモンド(Diamond:金剛石)

・魚網の多角形をダイアモンドに見立てた模様。
・成功や富を意味しています。

<アランセーターの主な編み目模様>


<アランセーターの主な編み目模様>




【アランセーターが生まれてきたデザインの背景と歴史】

次に、アランセーターが生まれてきたデザインの背景と歴史をたどってみたいと思います。

◇. 紀元前3100年頃を背景とするデザインの源泉

アイルランド東部のニューグレンジ(Newgrange)には、エジプト・ギザの ピラミッ ド(Pyramid of Giza)が建設される約500年前の紀元前3100年頃に築かれた羨道墳(せ んどうふん)と呼ばれる墳墓が残されています。

<世界遺産のニューグレンジの遺跡(羨道墳)>



羨道墳(せんどうふん=Passage Tomb)
:楕円形円筒状盛土の地中中央の墓室に向かって天井の無い狭い通路(羨道)で結ばれ た構造の墳墓。

この遺跡(羨道墳)は、自然崇拝の巨石文化を持つアイルランドの先住民族の足跡をとどめる墳墓ですが、彼らは文字を残さなかったことなどから、多くが謎に包まれています。 しかし、この墳墓の墓室や外周の97個の礎石などには、渦巻きや菱形をした模様が残されています。

<ニューグレンジ外周礎石に残されている模様>



この模様の持つ意味は、自然を神と崇拝する生き方や考え方を象徴し具現化された模様だと言われていますが、富や権力を象徴するものとも、儀式の為のものとも、暦としての記号や役割を持つのではないかとも言われ諸説があります。

現存するアイルランド最古のこの模様は、後世のケルト文化にもキリスト教(カトリック)にも影響を及ぼしています。

又、これらの模様の一部は、アランセーターにも共通してみられ、潜在的であったにせよデザインの源泉になっているものと考えられます。

◇. ケルト文化の影響

ケルト民族の起源は、紀元前1200年頃の中央ヨーロッパ.ドナウ川流域とされています。 しかし、古代ローマ帝国の侵攻やゲルマン民族の移動により、紀元前3世紀頃に現在の英国やアイルランドなどに移り住みます。

アラン諸島にも、紀元前に彼らが住んだとされる石積みの住居が残されています。

又、ケルト民族も文字を残さなかったことから、多くの謎を残していますが、彼らの文化や生活に言語の一部は、アイルランド西部.南部一帯のゲール語圏や、フランス.ブルターニュ地方のブルトン語圏に色濃く残り受け継がれてもいます。

アランセーターには、ケルト民族の結び目模様とも共通する編み目模様が見られ、その意味も極めて近いものであると言えます。

ケルト文化を代表する幾つかの結び目模様と意味をまとめますと次の通りです。

1. スパイラル(Spiral:渦巻き)

・前世紀のニューグレンジの遺跡などにも描かれる模様で、太陽を象徴し表す
 模様。
・原点や原点への回帰を意味しています。

2. トリプル.スパイラル(Triple Spiral:三重の渦巻き)

・前世紀先住民族の自然現象や事象を象徴する三要素とも共通する模様 とされ、ケルの 聖なる数字とする3や、ドルイド教(Druid)の三女神にも通じる数字を表しています。
・後世紀のキリスト教(カトリック)の三位一体とも融合した神聖な模様とされてもいます。

3. サークル.ノット(Circle knot:輪結び)

・エンドレスサークルの輪結び目模様。
・永遠や不滅の絆を意味しています。


4. スクエアー.ノット(Square knot:駒結び=本結び)

・エンドレススクエアーの駒結び(本結び)目模様。
・堅固さや安定性を象徴し、魔よけや守護を意味しています。

<ケルトの代表的な模様と結び目模様>





◇. キリスト教(カトリック)の影響

アイルランドのキリスト教(カトリック)は、5世紀にローマ.カトリックから布教の命を受けた聖パトリック(Saint Patrick:387-461年)によりひろめられます。
5世紀以降のアラン諸島には、聖エンダ(Saint Enda:不明-530年 )により多くの聖人や修道士が修行をする修道院(学校)が築かれ、アイルランドの聖地となり巡礼の地ともなります。

又、この地で修行を積んだ聖人や修道士達により、アイルランド各地に多くの教会や修道院が建設されています。

その後のバイキングやアングロ.ノルマンの侵略に加え、英国支配下でのカトリック禁止令などにより、アラン諸島をはじめとするアイルランドのキリスト教(カトリック)は一時期衰退します。

しかし、歴史の中で人々の心を育んできた自然崇拝やケルトの文化と融合した特徴あるキリスト教(カトリック)とその精神は、今日にも継承されています。

アランセーターにとって興味深い書物「ケルズの書」(The Book of Kells)が、ダブリン・トリニティ.カレッジの旧図書館(Trinity College Old Library)に所蔵されています。

「ケルズの書」は、9世紀にケルズ修道院でイエス.キリストの言行録を記した福音書を、ケルト模様で装飾し制作された写本です。

この「ケルズの書」の1ページ(マルコの福音書)に、白いセーターを着た聖ダニエル(Saint Danniel)が描かれていますが、それがアランセーターであるかいなかは定かではありません。

白は神に信仰を誓う聖なる色とされ、しばしばキリスト教(カトリック)の儀式の正装とし用いられています。

聖ダニエルの白いセーターが描かれてから、約1000年以上の歴史の空白がありますが、アラン諸島では半世紀ほど前まで信者となるための堅信礼や初めて受ける聖体拝受の初聖餐をはじめ、日曜礼拝や結婚式などの儀式の正装は白とされ、少年は白のアランセーターを、少女は白のブラウスを、大人達も白を基調とする服を着用するとされていました。

私達は、アランセーターと言えば白を思い浮かべますが、ケルト文化やキリキリスト教(カトリック)の影響を受け継承されてきた白だと言えます。

しかし、大人達が仕事着とするアランセーターの多くは、藍色や鉄褐色などの汚れが目立たない色が基調とされています。

<人の思いをとどめるアラン諸島の原風景>



  

【暮らしの中から生まれたアランセーター】

アランセーターは、紀元前からの人々の暮らしの中で、いくつもの文化や宗教などを背景に生まれ編まれ続けられ継承されてきたセーターであると言えます。

何よりもアランセーターの魅力は、編み目模様に込められた人の思いや優しさにあると言えます。

厳しい自然と長い歴史をかさね、人々の暮らしの中から生まれてきたアランセーターの故郷アラン諸島は、私の好きな場所でもあります。


【参考図書】
  ・地球の歩きかた「アイルランド」 ダイアモンド社(2010年)
  ・「アラン島」John Millington Synge 著 姉崎正見 訳 岩波文庫(1995年)
  ・「Man of Aran -アラン-」ドキメンタリー映画 イギリス作品(1934年)
   監督.撮影:Robert.J. Flahety
  ・「AGORAM -Aran Island・時を紡ぐ島-」9月号 
   日本航空インターナショナル(2011年)
  ・「翼の王国 -アランセーターの伝説を追って-」全日空機内誌11月号
     全日空「翼の王国」編集部(2011年)
  ・紀行アランセーター 伊藤ユキ子 著 昌文社(1993年)
  ・アイルランド/アランセーターの伝説 野沢弥市朗 著
   セヴィルロウ倶楽部(2002年)




【作者プロフィール】
相馬正弘(そうままさひろ)
・京都市出身
・設計事務所を開設し、地域計画.都市計画.公園計画を中心に活動中
・大学の講師として後進の指導も
・趣味は、旅行.テニス

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ケータイ・サプリwebマガジンのための書き下ろしです。
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